おお これは存在しない獣。
人びとは実際には知らぬまま それでもやはりこの獣を
――その歩み そのたたずまい そのうなじ、
またその静かなまなざしの光までを――愛してきた。
なるほど存在してはいなかった。だが人びとが愛したから生じたのだ、
1頭の純粋な獣が。人びとはいつも空間をあけておいた。
そしてその澄んだ 取っておかれた空間のなかで、
それは軽やかに頭をもたげ そしてほとんど
存在する必要がなかった。人びとは穀物ではなく
いつもただ存在の可能性だけでそれをはぐくんだ。
そしてその可能性がこの獣に強い力をあたえ、
それは自分のなかから額に角を作りあげたのだ。1本の角を。
ひとりの処女のところへそれは白い姿で近寄ってきた――
するとそれは銀の鏡の、そして 彼女の内部にあった。
『オルフォイスへのソネットⅣ』 R・M・リルケ 田口義弘訳