白い箱の中から

 少し奥行のある白い額の中に閉じ込められた小さな13個の世界。作品Ⅰでは、スペード・ハート・ダイヤ・クラブといった4つのスートは台座に行儀よく鎮座し、静止した無音の空間が額の中におさまっています。続く作品では、少女達がスートと戯れ、スートはやがて自由に白い空間を舞う鳥となり、音となります。そして静かな空間にピアニッシモで音楽が流れ出します。

 作品Ⅳ、Ⅵ、Ⅹでは少女たちが散りばめられたスートを拾い集めています。断片的な思い出を集めるかのように、スートをあるべき場所におさめようとする少女達。作品Ⅶでは古紙に書かれた苔のような細かい文字の上に、Ⅷではスートや鳥の隠された迷路の中で、少女たちが何かを探しています。作品ⅩⅡでは、開かれた本からスートや時計、結晶が飛び立っていきます。本に閉じ込められていた古い時代の思いが世界に解き放たれるようです。

 最後の作品ⅩⅢでは、1つの形にまとまりおさまったかに思われたトランプのスートが、動き出し、真っ白な鳥へと姿を変えて額縁を越えて飛び立っていきます。そしてやがて音楽はとだえ、風もとだえ、真っ白な無音の世界に戻ります。

 Ⅰ~ⅩⅢのそれぞれの作品は小さな白い箱の中の閉じられた独立した世界であると同時に、全ての作品を通して風や音楽の流れがあります。それが自由で軽やかな開放感につながり、コロナ禍で停滞した鬱とした雰囲気を取り払ってくれるように思われました。いつ終わるとも知れぬ自粛の日々の中、心を一瞬でも軽くする何かを届けられたら、そんな思いから13点の連作コラージュ作品の制作とオンライン展示を決めました。

 「13」という数はもちろんトランプのエースからキングの13枚になぞらえています。今回はオンラインということで、スケジュールや場所の都合で普段ギャラリーに行けない方にも、また、初めて山下陽子の名前を聞いたという方にも、楽しんでいただけたらと思います。どの作品がお気に入りか、トランプ遊戯のように気軽に自由に選ぶ楽しみもみなさまと共有できればうれしいです。

 輪のように廻る13点のコラージュの世界を一時お楽しみください。

はじまりの作品

 2020年の6月、とらんぷ堂書店をイメージして作成してもらっていた山下陽子さんの作品が完成したということで、引き取りに行きました。本とトランプをモチーフにというお願いだけをしていました。出来上がったものは、本やユニコーン、鍵、少女、そしてトランプと魅力的なモチーフがたくさん詰まっているのに雑多にならず、一つの世界にまとまっている独特の雰囲気を持ったコラージュ作品でした。

4つのスート

 お願いしていた作品を受け取った後、山下さんがもう一つ作品の画像を見せてくれました。それが『白のラプソディ』連作のうちの1つの原型となるものでした。とらんぷ堂をイメージして作成していただいた作品が黒を基調にしているのとは対照的に、見せていただいた作品のイメージは「白」で、単行本より少し小さいぐらいのサイズでした。

 トランプのモチーフにインスピレーションを受け、流れるように自然に出来上がったかに見えるその作品は、しかしいつも山下陽子作品がそうであるように、全ての細部にこだわって作られています。4つの小さな白いスートはただ白い紙を切って貼っているだけではありません。古紙をそれぞれのスートの形に切り取り、その上から和紙を貼り白を塗り重ねています。そうすることによって、ひとつひとつのスートに質感が出て、白い空間に表情がつきます。

タイトルについて

 13点の連作シリーズのタイトルは Rhapsodie en blanc 「白のラプソディー」。「ラプソディー」の語源はギリシャ語の "rhapsodic" で、「歌をつなぎあわせる」という意味だそうです。また、「ラプソディー」は音楽用語で「自由で幻想的な楽曲、叙事的な性格。自由奔放な形式。異なる曲調をつなげたり、既成のメロディーを引用することが多い」という意味を持っています。既成の印刷物を自由に組み合わせて作るコラージュの技法と通じるものがあり、白いトランプモチーフが音符のように軽やかに踊る今回の作品展にぴったりなタイトルになりました。

 各作品には Rhapsodie en blanc I~XIIIの記番をつけました。

箱 額 はがき

 13点のコラージュ作品はそれぞれうっすらと白く塗られた特製の額に入っています。家具デザイナーの山極博史さんにお願いして、できるだけ細めに作品にぴったり合った額を作っていただきました。マット紙は用いていません。また、額縁の塗装は山下陽子さんが自ら行い、額裏面には壁にかけれるように吊紐もつけましたが、額自体の奥行を広めに作っているためBOX ARTのように棚などに置いて飾っていただくのもおすすめです。

 さらに、作品を入れる白い箱も山下陽子さんが作りました。箱にはグラフィックデザイナーの佐野裕哉さんが作成してくれたラベルが貼られています。佐野裕哉さんは山下陽子さんのブックデザインなども数多く手掛けていらっしゃり、今回の美しいDMのデザインも全てお願いいたしました。

作品そのものはもとより、額縁の細さ、壁掛けするための釘打ちの仕方、箱の紙質、はがきの切手を貼る部分やラベルのデザイン、全てがRhapsodie en Blanc の繊細な世界を壊さないように丁寧に慎重に作り上げられています。それは、コラージュ作品のモチーフの置かれる位置、大きさなど全てに研ぎ澄まされた作家の個性が表れるのと同じなのです。

とらんぷ堂書店1周年を迎えて

 山下陽子さんと相談しながら展示の準備を進めていったこの半年間は、作品へ対する静かなエネルギーと、理想を追求していく厳しさと楽しさを垣間見させていただいたかけがえのない時間でした。そのような機会を持てましたこと、山下陽子さんはもちろん、DMと箱のラベルをデザインしてくださった佐野裕哉さん、作品の写真を撮影してくださったフォトグラファーの大島拓也さん、額本体を作成していただいた山極博史さん、ホームページデザインをしてくれた薗広也さん、ずっと以前に山下陽子さんをご紹介くださり、今回も様々ご協力いただいたアトリエ箱庭の幸田和子さん、いろいろな人や出来事に感謝しております。ありがとうございました。

text: とらんぷ堂書店 宮下桃子

アトリエ箱庭にて

13点の連作コラージュを一同に並べたい。

そんな思いからアトリエ箱庭さんで作品を並べた写真撮影会を行いました。

11月のおだやかな昼下がり、水路を見下ろす白い壁の小さな部屋がお客様のいない展示室になりました。

撮影会の後のお茶会では、箱庭さん特製の白いレモンパイに黄金色の紅茶も添えて。