カードは施錠された戸棚に閉じ込められて眠っていた。

私はこれらのボール紙に魅了されていたがそれに触れることは許されていなかった。

両親によればそれはただ大人にのみ許されているものだったのである。

ここから私は、カードとは賢者しか御すことのできない猛獣のようなもので、魔力を有しているのだと考えた。

アレハンドロ・ホドロフスキー

トランプの不思議

 丸い角に一枚一枚全て違うデザインの小さなカード。その中には王様や女王様もいてなにか秘密の物語がつまっていそう。例えば、52枚一組のトランプの数字を全て足すと合計364。さらにジョーカー1枚を足すと365となり一年の日数と等しくなります。4つのマークは四季をあらわし、13という数は季節の週の数に一致します。実際このような意図によってトランプが作られたのかは解明されていませんが、もしこれが作り手さえも考え及ばなかった偶然のからくりだったとすれば、そこにこそトランプの不思議を感じずにはいられません。

運命を操るカード

 そこから無限の遊び方の生まれる魔術的な紙の束。カードには人を破滅に導く魔力があるように思えます。古来から人はカードゲームに「勝った!負けた!」と夢中になり、身を持ち崩すこともありました。本人もカード勝負が大好きだったというロシアの文豪プーシキンの名作短編『スペードの女王』は、賭けかるたの秘術を追い求めたために最後は気が狂ってしまう男の話です。スペードのクイーンがニヤリと笑うのを見てしまった男はまさにカードに魅入られたが故に深淵に落ちていったのでした。また、芥川龍之介の短編『魔術』は『スペードの女王』の影響が顕著ですが、その中でも主人公はかるた勝負に夢中になるあまり友人との約束を破ってしまい、その瞬間夢から覚めることになります。

 アガサ・クリスティの『ひらいたトランプ』ではコントラクト・ブリッジのゲーム中に殺人事件が起こりますが、恐ろしいことに現実でも「コントラクトブリッジ殺人事件」という有名な裁判がありました。1929年9月のある晩、ベネット夫妻は上の階に住むホフマン夫妻とコントラクトブリッジをしていました。朝に夫二人がゴルフに行き、戻ってきてから妻2人も加わり夕食後ブリッジゲームを始めたのです。真夜中ゲームが終わった後の感想戦でベネット夫人は4スペードのコントラクトがメイクできなかったのは夫のせいだといって夫を攻め立てました。夫も激しく応戦しながら、ついに「ホテルに泊まる」と言って家を出ていこうとしました。その時夫人は引き出しからピストルを取り出し夫をバスルームに追い詰めて、背中から2発の弾丸を打ち込みました。夫は即死、裁判ではベネット夫人は無罪となりました。事件当時35歳だった夫人はその後96歳で亡くなるまでブリッジをプレイしていたというのですから、まさにブリッジに憑かれた人生です。

ひとりぼっちのトランプ遊び

 このように人を狂わす魔力を持つトランプですが、同時に私たちに運命を示唆し、危険を教えてくれたり悩める恋の相談相手になってくれたりもします。カード1枚1枚や組み合わせで運命を読むという方法は非常に古い時代から行われていて、例えばカードコンビネーションズのアイデア自体は16世紀イタリアの「思索の庭と名づけられたフォルリのフランチェスコ・マルコリーノの運勢」という本に既に現れているそうです。また、セント・ヘレナ島に流刑されたナポレオンを死ぬまで慰めてくれたのは「四十人の盗賊」というトランプの一人占いだったとか。このようなトランプ占いは現代でもほとんど変わらず行われています。時間を忘れて何度もカードを繰って一人遊びをしていた思い出のある人もいるのではないでしょうか。「もう一回だけ」と思って手をのばすトランプ占いは、タロットカードと比べて占いというより一人遊びに近く気軽にはまることができます。

ぼくが一番好きなのは「ポーカー」「ナポレオン」「ブリッジ」などですが、

近ごろはだんだんする機会が少なくなりました。

   パーティーと言うと、すぐみんな踊り出してしまうので、ポケットにカードを入れたまま、

ぼくは「死札」になってしまうというわけです。

どうです?

カード遊びをしたいときには、一つぼくも誘ってくれませんか?

 

 これは寺山修二『さよならの城』の「詩物語トランプ幻想 ひとりぼっちのトランプ遊び」からの一節ですが、このようにトランプゲームをするときに人数が揃わないというのはとてもよくある問題です。そんなときは「アコーデオン」や「隅っこの猫」「小さな蜘蛛」など、カードを一人繰る遊びでもまた違った楽しみが味わえます。

トリックの愉しみ

 賭け事、遊戯、占いに加えて、「マジックの詩」と呼ばれるトランプ奇術も忘れてはいけません。一流のマジシャンはまるで魔法のように自由自在にカードを扱います。彼らのマジックは圧倒的な技術、客の心の動きを研究しつくした演出法や台本に裏打ちされています。「本当の魔法などというのは存在しないのですから、奇術師というのは魔法使いのふりをする俳優にすぎません。」というのはグレート・マーリニの"How to entertain children with magic you can do " に載っていた言葉ですが、そこには奇術師としてどれだけ道を究めてきたのかというプライドが見えます。トランプ奇術は身近で、子供でも始められます。華麗にだましだまされることにより観客も奇術師も快感を覚える、そんな不思議な心理にからどんどんとマジックの世界に嵌っていくのでしょう。

 「だます」と言えば、ミステリーとトランプの相性も良いようです。泡坂妻夫はミステリ作家でもあり同時に奇術師でもあるという稀有な人物で、遊び心いっぱいのトリックを読者に仕掛けてきます。『11枚のとらんぷ』や『魔術館の一夜』『天井のとらんぷ』などトランプ絡みの著作も多数あります。他にも、竹本健治の『コントラクトブリッジ殺人事件』も衝撃でした。私はこの本を読んでコントラクトブリッジを始めました。そして、とらんぷ堂書店の屋号は竹本健治を見出したとも言われ、日本三大奇書の一冊とされる『虚無への供物』を書いた中井英夫さんの『とらんぷ譚』からもらいました。ミステリーもトランプマジックも著者や術者のトリックにかかるのを愉しむという点で意外と共通点があるのかもしれません。

トランプのデザイン

 52枚+ジョーカーという紙の束から生まれる遊戯、賭け事、奇術、占い。そのような無限に広がっていきそうなトランプの世界に魅せられ、その中に少しでも体系的なものを見いだせたらと始めたのがトランプコレクションです。

 世界で最も有名なシンボルの1つとなった4つのスートは最初バラやどんぐり、金貨などでした。K・Q・Jの絵札も、最初は天地があったのが、ゲームの時いちいち上下をあわせなくていいように上下同じ絵柄を書くようになりました。また、トランプの札の中でひときわ異彩を放つスペードのAのデザインは、かつてトランプ税の支払い証明の印としてスペードのAに王冠やベルトのデザインをあしらっていたなごりです。こういったデザインの変遷に目を向けると、トランプが古本や切手、包装紙や蔵書表などにひけをとらない「紙物」蒐集の魅力を備えていることがわかります。

 さらに、私の場合はチェスやチェッカーなどのボードゲームなど遊戯のアイテムが好きなので、トランプはずっと気になる対象でした。今まで旅行に行ったときなどに蚤の市や雑貨屋さんで少しづつ面白いトランプを集めてきましたので、その一部をご紹介したいと思います。

私のトランプコレクション

オーストリアの世界的カードメーカーPIATNIK社のトランプ。①ひばりの絵のかわいいミニトランプ ②ROSES PATIENCE ③よく蚤の市で見かける24枚組のもの

フランスの画家レイモン・ペイネのイラストを用いたもの。④ jeu des AMOUREUX de PEYNET エロチックな内容とかわいいイラストのギャップが魅力。 ⑤1960年代にパリの薬局で配られたノベルティで結構めずらしい物。

1848年創業のフランスのB.P.GRIMAUD社製のもの。⑥トランプでできた服を着た女の子がトレードマーク。サーカストランプ。 ⑦2~6の札が抜けた32枚組。

フランスのアイドル雑誌Salut Les Copains の付録。フランス・ギャルやフランソワーズ・アルディ、セルジュ・ゲンスブールなどが絵札に。

めずらしい黒ベースのトランプ2組。⑨イギリスArPak社のもの。オレンジ色のスペード、緑のクローバー、ダイヤにいたっては白という斬新さ。⓾ストラビンスキーのバレエ「ペトリューシュカ」の衣装イラストを用いたもの。ディジュオン印刷社が1858年に制作したものの復刻版。

企業のノベルティトランプ。⑪ニベアのものは24枚組。⑫ミシュランが1970年代に配布していたもの。マスコットのビバンダムがコミカルでかわいい。

丸や楕円、長方形などの変形トランプを集めてみました。楕円のものは航空会社 KLM のもの。

⑭1974年に小学館から出た武井武雄西洋歌留多。カードの四方が金付けされており特製の箱におさめられておりとても豪華。2組のカードの絵札が異なるのもうれしい。さらに、なんといっても『西洋歌留多手引』という付録の小冊子のクオリティがすごい!この冊子だけでも価値が十分あります。

 トランプ蒐集といっても、蒐集の仕方も人それぞれ。企業のPRトランプのみだとか、エンゼルトランプのものを制覇するとか、ジョーカーやスペードのみを集めるとか。奥深いトランプの世界は私たち受け手によって愉しみ方を発見されるのをじっと待っています。

*トランプ関連書籍の販売もしておりますのでよろしければご覧ください

とらんぷ堂書店 はフランスを中心にヨーロッパやアメリカの洋書を扱うネット古書店です。   美術書やトランプ関係の本、装丁の美しい本など言語がわからなくても楽しめる本、そして言語がわかればもっと楽しくなりそう、と思わせてくれる本を扱っていきます。古本や洋書が身近な楽しみになるきっかけを作れたらとても嬉しいです。そして検索で出会いにくい、出会うまで知らなかったような本と私自身出会い、たくさん紹介していけたらと思っています。