イン・ザ・ペニー・アーケード in the penny arcade steven millhauser

柴田元幸さんの翻訳で日本でも知られることになった短編の名手スティーブン・ミルハウザー。『イン・ザ・ペニー・アーケード』は「アメリカの新しい文学」シリーズの1冊として白水社から出版されました。

「ペニーアーケード」とは1セント硬貨で遊べるアメリカの遊園地などにあったゲームセンターのこと。ゲームセンターといっても、そこには時代によってキネトスコープからジュークボックス、ピンボールまで、コインを入れて動く機械が並んでいました。安っぽくて郷愁を誘うんだけれど、ワクワクしてなにか不思議なこと(トム・ハンクスの『ビッグ』みたいな・・・)が起こりそうな人工的な空間。

 ミルハウザーのこの本にも様々な仕掛けの7篇の短編小説が並んでいます。その中でも圧倒的に魅力的だったのは、主人公の名前をタイトルに冠した「アウグスト・エッシェンブルグ」です。

舞台は19世紀のヨーロッパ。「焦燥感と密かな退屈」に覆われ破滅へ向かって突き進む19世紀後半です。

「からくり人形」「時計仕掛け」「劇場」「魔術師」「天才」「俗物」「大衆」「芸術」「ライバル」といったミルハウザーらしいキーワード。

精巧な時計仕掛けのように細部まで整えられた緻密な舞台の上で、1人の天才(アウグスト・エッシェンブルグ)が情熱を人形作りに傾け、ライバルからの屈折した称賛を受け、裏切られ、やがて俗物的大衆や時代の波に押し流されていく・・・そんなドラマが展開します。

①時計技師の息子である幼いアウグスト・エッシェンブルグは父の仕事場の時計の神秘的な歯車や秘密のメカニズムに魅せられていました。

②14歳の誕生日に父に連れていかれたフェア(市)の薄暗いテントの中で、からくり人形による手品を見たアウグストは人形作りに全ての情熱を傾けるようになります。


③アウグスト少年の作る素晴らしい自動人形はたちまち町の評判になります。その評判をききつけて、一人の紳士がアウグストをたずねてきます。プライゼンダンツという一流百貨店の持ち主でした。


④アウグスト少年はプライゼンダンツ百貨店のショーウィンドゥのための自動人形を作ります。自分のやるべき芸術に集中できる奇妙に充実した日々が過ぎていきました。

⑤しかし、ライバルの百貨店が大衆受けする猥雑な香りのする自動人形を飾り始め、たちまち一番の人だかりを集めるようになります。自分の芸術が認められずアウグストは失意の中故郷へ帰ります。

⑥故郷の時計屋で店番をしている彼の元を訪ねてきたのはかつて自分を追いやったライバル百貨店の人形の作り手、ハウゼンシュタインでした。二人は共に「無幻館」という劇場を作ります。


⑦ハウゼンシュタインの経営手腕とアウグストの才能で最後の花火のように美しい一幕を見せた「夢幻館」。しかしそれは「動く絵」に取って代わられる運命にあり、時代の波とハウゼンシュタインの複雑なアウグストへの思いにより破滅に向かいます。


⑧アウグストの天才を誰よりも認めながらも複雑な思いから彼を裏切ることになるハウゼンシュタイン。裏切りを知り去っていくアウグストに「君の芸術を僕ほど知りつくしている人間は他にいないんだぜ。誰一人として。」と訴えかけます。


⑨自分の芸術は時代遅れで世界に必要とされていない・・・とからくり人形の入ったスーツケースを抱えてアウグストは旅立ちます。夢破れたその姿は不思議にすがすがしいのでした。


Book Gallery でこのページに登場している本をご購入いただけます。以下のような本もございますのでご覧ください。

とらんぷ堂書店 はフランスを中心にヨーロッパやアメリカの洋書を扱うネット古書店です。   美術書やトランプ関係の本、装丁の美しい本など言語がわからなくても楽しめる本、そして言語がわかればもっと楽しくなりそう、と思わせてくれる本を扱っていきます。古本や洋書が身近な楽しみになるきっかけを作れたらとても嬉しいです。そして検索で出会いにくい、出会うまで知らなかったような本と私自身出会い、たくさん紹介していけたらと思っています。